「才能」に翻弄されたモーツァルト一家~与えられ奪われた~ミュージカル『モーツァルト!』 

「モーツァルト一家の才能が家族を翻弄した」という視点で記事を書きました。

ミュージカル『モーツァルト!』にも関連した内容です。

ミュージカル『モーツァルト!』は、ウィーン発の人気ミュージカル。天才音楽家ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの、才能(=奇跡の子と呼ばれ神童の姿をしたアマデ)と、肉体(=人間ヴォルフガング)の葛藤を描いた作品。

モーツァルト自身の才能と肉体の葛藤が軸になっていますが、モーツァルトの才能に全てを賭け未来を託した家族の苦悩も描かれています。

ここでは史実を元に、モーツァルト一家に突然与えられた「才能」について書きました。

はじめに:ヴォルフガングの才能は家族と切り離せない

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの生涯において「才能」がどう開花し飛躍していったのか考えると、ミュージカル同様、史実においても家族との関係は切り離せません。

そもそもの始まりは父レオポルトです。突如才能を与えられたのが父で、次に姉。

  • まずは父レオポルトに音楽の才能が授けられた
  • 次に姉ナンネールにクラヴィーアの才能が授けられた。姉の演奏でヴォルフガングは開眼
  • 父と姉は、ヴォルフガングの才能を開花させるのに必要な存在
  • 特に、父親無くしてヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの存在はあり得ない
  • しかしある時期から、レオポルトから解放される事こそヴォルフガングの飛躍につながる
  • 母の死で新たな境地を歩みだす
  • コンスタンツェはヴォルフガングにインスピレーションを与えていないが助けにはなった

以下、順を追ってみていきます。

注意
ミュージカルについては、私が舞台・映像でみたことのある下記の演出版を基に書いています。
日本版→日本旧演出版、新演出版
韓国版→2020年演出版
ウィーン版→2015年新演出版

モーツァルトの才能と家族との関係

音楽の才能を授けられた父レオポルト

神童と呼ばれた天才ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-1791)。

しかし本人が才能豊かでも、そのことに気づく人が周りにいなければ埋もれてしまうもの。

ヴォルフガングは、父レオポルト・モーツァルト(1719-1787)が息子の資質に気づいたことで大きく才能を伸ばすことができました。

では、なぜレオポルトはヴォルフガングの才能に気付くことができたのでしょうか?

モーツァルトは音楽一族ではなく、家系を辿ると父方にも母方にも音楽家は皆無。

モーツァルトの家系において突如、音楽的才能を授けられたのがヴォルフガングの父レオポルトでした。

レオポルトは製本師の子としてアウグスブルクに生まれます。頭脳明晰な少年で、幼いころから音楽的才能があり、学校の演劇界で歌うことがあったようです。

故郷の聖サルヴァトール神学校で古典、文学、科学を学び、聖ヨ-ゼス神学校で音楽教育を受けヴァイオリンとオルガンを習得。

1743年から亡くなるまで、ザルツブルクの宮廷でヴァイオリニストとして活動し宮廷副楽長としての勤めも果たします。

音楽的才能のほか、レオポルトは18世紀の三大教則本と今なお評価の高い名著「ヴァイオリン基本教程試論」を出版。レオポルトはひとかどの教育者でもありました。

姉ナンネールのクラヴィーアでヴォルフガングの才能は目を覚ました

レオポルトは妻との間に7人の子供をもうけますが、成人したのはマリーア・アンナ、愛称ナンネール(1751-1829)と、ヴォルフガングの2人だけでした。

レオポルトはナンネールにずば抜けた音楽の才能がある事に気づき、彼女が7歳のときピアノの前身であるクラヴィーアのレッスンを開始します。利発なナンネールはクラヴィーアの進歩がとても早かったそうです。

父のヴァイオリンと姉のクラヴィーア。

ヴォルフガングは幼少から二人が奏でる音を耳にして育ちます。

そしてヴォルフガングは3歳のときナンネールが弾くクラヴィーアに興味を惹かれた様子をみせ、特に教えられたわけでもなく、ドとミ、またはミとソの三度の和音を同時に鳴らします。

ヴォルフガングが音楽的才能をみせた瞬間でした。

このことにレオポルトは気づき、ナンネールのために作成した教則本、通称「ナンネルの楽譜帳」に沿って、ヴォルフガングに正しい音楽教育を施し始めました。

ヴォルフガングは3歳でクラヴィーアを弾き始め、4歳で楽々と演奏を習得、5歳から作曲を開始。

ヴォルフガングと姉のナンネールは2人とも「神童」と呼ばれます。

演奏旅行で各地の音楽に触れたヴォルフガング

1762年、レオポルトは2人の神童をつれてミュンヘンへ行き、バイエルン選帝侯の前で演奏をさせます。その後はウィーンへ行き、シェーンブルン宮殿で演奏。

ミュージカル『モーツァルト!』のウィーン新演出版、韓国2020年版で、幼いヴォルフガングがオーストリア皇后マリア・テレジアの膝に乗るシーンがありますが(日本版はなし)、当時ウィーンので神童たちは温かく迎えられていました。

レオポルトは社会的・金銭的に成功する可能性を察知し、これらがきっかけでモーツァルト一家の延々と続く演奏旅行が始まります。

幼い子供を連れまわし猿のように見世物にしていた、とレオポルトに対する批判は今でもあります。ヴォルフガングは体が弱く、その原因の一つに子供時代の長期にわたる演奏旅行をあげる説もあります。

しかし長い旅でヴォルフガングが世界各地の音楽をその耳で触れられたことは、何よりの学びで財産になったはずです。

才能は封印された?弟の影に隠れた姉

弟と伴に神童と呼ばれていたナンネールでしたが、演奏旅行でヴォルフガングの伴奏役に回るようになり、次第に弟の影に隠れていくようになります。

「ナンネールがヴォルフガングに比べて才能が劣っていたから」と後世では受け止められています。

一方、ナンネールがヴォルフガングの影に隠れてしまったのは、時代と父レオポルトの意向もあったという見方もあります。

 

父レオポルトは音楽家で教育者であると伴に優秀なプロモーターで、子供の才能をお金と名誉に変えることに長けてました。

レオポルトはアウグスブルクの出身でしたが、世襲制で出世の見込みの薄いアウグスブルクに我慢ができず、もっと可能性のある都市・・・ザルツブルクの大学に入学します。結局退学になるのですが、ザルツブルクに居残り当時の名門貴族に、召使兼楽士として召し抱えられました。

向上心があり野心家でで、どうすれば貴族たちを音楽で喜ばせられるか=お金になるのか、レオポルトはよく知っていました。

当時の常識からみて、女性が音楽家として受け入れられることは不可能。ヴォルフガングに全てを託すことがモーツァルト一家にとって最良の道、とナンネールを音楽から遠ざけます。

ナンネールがどれほど才能があったのか分かりませんが、少なくともヴォルフガングはナンネールのクラヴィーア奏者としての才能を認めていていました。

MEMO
ミュージカル『モーツァルト!』に出てくる父レオポルトは、ヴォルフガングの幼少期の才能「アマデ」を愛し、成長したヴォルフガングのありのままの姿をみようとしません。この作品のレオポルトにとって、金銭的に活かすことのできないナンネールの才能は愛せないものだったのかもしれませんね。

父から自立後才能が飛躍。名曲を生み出すモーツァルト

父から全てを学び、まるで一卵性双生児のように生きてきた親子ですが、父レオポルトが同行できなかったマンハイム・パリ旅行から徐々に噛み合わなくなってきます。

いつまでも細かく管理したい父と自由になりたい息子とで、2人に距離が生まれ始めます。

ヴォルフガングは故郷のザルツブルクで支配的な領主の大司教コロレドを嫌い、のちに離職を宣言。そしてレオポルトが反対していたウェーバー家の娘コンスタンツェとヴォルフガングは結婚してしまいます。

全てをかけて「天才」を育てたレオポルトにとっては、裏切られたと思える状況でした。

しかし、皮肉にもモーツァルトが後世に残る名曲を作曲したのは、その多くが1777年、21歳でザルツブルクで宮廷音楽家を休職し、父を残してマンハイム・パリへ旅立った頃からです。

父から全てを吸収したモーツァルトですが、創作には常に管理される窮屈さは邪魔で、自由を得るために父からの自立は避けられないことでした。

ヴァイオリンは誰のもの?韓国版ヴァイオリンがみせるレオポルト像


ミュージカル『モーツァルト!』の、レオポルトが歌う「♪心を鉄に閉じ込めて(Schliess dein Herz in Eisen ein)」では、ヴァイオリンが登場します。

ヴォルフガング自身、ヴァイオリン演奏に長けていましたが、父レオポルトも優れたヴァイオリン奏者で、ヴァイオリンはレオポルトの楽器です。

「♪心を鉄に閉じ込めて」。この曲の日本版では、レオポルトがヴァイオリンを演奏しているところから始まり、つまりレオポルトのヴァイオリンとして登場します。

しかし韓国2020年版では、父レオポルトがヴァイオリンを抱きしめるように歌います。恐らく、韓国版のヴァイオリンはレオポルトのものではなく、幼少期のヴォルフガングのヴァイオリンではないかと思います。

(ウィーン新演出版では、はっきり明示していないように感じます)

この曲は、未熟で世間知らずなヴォルフガングを心配し、自分の誇りとなるよう願うレオポルトの歌ですが、日本版と韓国版ではだいぶ意味合いが変わってきます。

日本版では(この時点では)、息子を心配する父親。

韓国版では、息子を心配しながらも息子を捕まえておきたい父親。韓国版ではさらにヴォルフガング幼少期の赤いコートまで飾ってあり、パパが「神童アマデ」の呪縛から離れられないように感じます。

 

実際のところ、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは優れたヴァイオリン奏者でしたが、徐々に演奏をしなくなります。

ヴォルフガングがヴァイオリンから遠ざかった理由は諸説あるようですが、一つにヴァイオリンが父レオポルトの楽器だった事に対する無意識の反抗とみなす考えもあります。

 

もしかしたら韓国版はこの説を取り入れたのでしょうか?

父の楽器であるがゆえに遠ざかったヴァイオリンを、父レオポルトが抱きしめて歌う

ヴォルフガングの才能が自分のものであるかのように、そしてその才能が自分の手をすり抜けていくのを恐れるかのように。

母の死後、新たな境地へーピアノソナタ第8番イ短調K.310

モーツァルトの時代ピアノは今のものとは違い、チェンバロからフォルテピアの移行期またはフォルテピアノの発展期であり、楽器の特徴からモーツァルトのピアノソナタは明るく軽快な曲(長調)が多いです。

モーツァルトの短調のピアノ・ソナタは2曲のみ。その最初の作品が、1778年パリで作られた第8番イ短調K.310で、2番目が1784年作曲のハ短調ソナタです。

1778年、暗く影に追われているかのような短調の曲が突然生み出された背景に、母アンナ・マリア(1720-1778)のパリでの死が影響している、というのが通説です。

ミュージカル『モーツァルト!』では、父レオポルトと姉ナンネールに比べると母の存在感は薄め。ウィーン、韓国新演出版では母親役の俳優さんが出てきますが、日本版では母親の顔を観客にみせません。

しかしパリで母の死を迎えた後、ヴォルフガングの歌う「♪残酷な人生(Was fuer ein grausames Leben)」では、日本版、韓国版において筆を走らせ作曲するアマデの姿が印象に残ります。

とりわけ韓国版では、アマデを止めようとする人間ヴォルフガングをはねつけ、鬼気迫る姿で作曲するアマデは、母の死という不幸ですら芸術に変えざる得ない、恐るべき才能の姿が描かれています。

尚、ミュージカルで「♪残酷な人生」の前に流れる短調ソナタは、1778年のイ短調ソナタではなく、1784年の2曲目のハ短調ソナタ。なぜこちらの曲を採用したのかは謎です。(単純に音楽的な問題?)

コンスタンツェはモーツァルトの音楽に影響を与えたのか

ミュージカル『モーツァルト!』で、ヴォルフガングにインスピレーションを与えなくては、と歌う妻コンスタンツェ。しかし作品の中でインスピレーションは与えられてはいないようです。

実際のコンスタンツェは、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの音楽にどう関わったのでしょうか。

モーツァルトはコンスタンツェのために曲を作ろうとした、という説があります(コンスタンツェ・ソナタ)

モーツァルトは彼の理解者の一人スヴィーテン男爵の邸宅で、バッハやヘンデルなどバロックの巨匠の作品に触れるようになります。モーツァルトは彼らのフーガを収集するのですが、コンスタンツェもフーガのとりこになり、じゃあ一緒に演奏しようと、コンスタンツェのためのソナタを作曲し、しかしいずれも未完に終わったというものです。

このエピソードは、当時婚約者だったコンスタンツェを理解しようとしない故郷の親族に、コンスタンツェの音楽的能力を誇張して伝えている可能性もあるようです。しかしコンスタンツェがフーガに興味を持ったこと自体は疑う必要もないでしょう。

ただ、コンスタンツェがモーツァルトにインスピレーションを与えたと言い切れるエピソードではないですね。

彼女は恐らく音楽的ひらめきをモーツァルトに与えた人物でないと思いますが、モーツァルトは妻を愛しており、自分が作曲を急ぐ際、コンスタンツェに世間話をさせていた事があるそうです。

オペラ「ドン・ジョヴァンニ」の序曲(重々しい曲)を作る際、陽気な気分を保つためにお酒を作り、コンスタンツェがアラジンの不思議なランプの話などをしたというエピソードもあります。

ちなみにドン・ジョヴァンニの序曲をモーツァルトは一晩で描いたというのは有名な話です。

モーツァルトの言語脳と音楽脳がはっきり分かれていることを示すもので、コンスタンツェがインスピレーションを与えたという話ではありませんが、本当であれば作曲の手助けにはなっている事がわかるエピソードです。


なお、モーツァルトとコンスタンツェは4男2女をもうけますが、成人したのはカール・トーマスとフランツ・クサーヴァーの男子2人です。

モーツァルトの子供が創作に影響を与えた形跡は見当たらず、残っている手紙からも子供に関する言及は少ない事がわかっています。ただコンスタンツェが自分にとって不都合な手紙を捨ててしまったので、モーツァルトがどれほど子供に関心があったかは不明です。

最初に与えられ、奪われた父と姉

再度まとめます。

  • 音楽家皆無の家系に突如レオポルトが現れた
  • レオポルトは音楽家としてだけでなく、教育者としても有能だった
  • 姉ナンネールが音楽の才能をみせた
  • 姉のクラヴィーアを聴いてヴォルフガングが目覚めた
  • 姉の教則本を使ってヴォルフガングも音楽の勉強を開始した
  • 各地の演奏旅行で多くの音楽に幼少期から触れられた
  • ナンネールはヴォルフガングの影に隠れるようになった
  • 父から独立し自由を得た後、ヴォルフガングは名曲を多数生み出した
  • 母の死で新たな境地へ踏み出した
  • コンスタンツェはモーツァルトにインスピレーションを与えなかったが、曲作りを助けたかもしれない

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの生涯を追うと、彼の才能は父と姉ありきで、特に父レオポルト無くしては今の知られているモーツァルトは存在しなかったでしょう。

言葉は悪いですが、父レオポルトと姉ナンネールはヴォルフガングの「才能」を司る神様が用意した存在とも考えられなくはないと思います。

彼らは、最初に才能を授けられ、それをヴォルフガングにつないだ存在です。

自らを「与える存在」と認識していれば、自立したヴォルフガングを責めることなく、離れ離れに暮らしても家族の心は1つでいたかもしれません。

しかし、自分たちの人生を全てヴォルフガングに託した2人は、ヴォルフガングに見捨てられ、人生を奪われたと考えてもおかしくありません。

父レオポルトの、息子を通して叶えたかった自分の夢、金銭的に約束された未来。
姉ナンネールの、音楽を続ける機会、愛する人との結婚(結婚したい人がいたが父レオポルトは反対し、裕福な相手を選ぶ)。

多様性のある現代と比べると、ヴォルフガングに賭けるしか選択肢がなかったようにも思える18世紀。

ヴォルフガング独立後は応援したいというより、家族を見捨てたのか?と父と姉が恨みがましい気持ちを持つのは当然かもしれないですね。

特に韓国版モーツァルトは父と姉にヴォルフガングを責める気持ちが強く出ているように感じました。

才能がモーツァルト一家を生み出したが、最終的に才能が家族を分裂させてしまったと考えると、

才能は神様の贈り物といえるのは、モーツァルトの天才性を利用した人々、または現在モーツァルトの音楽を享受している私たちであり、

本人たちにとっては、逃れられない運命であり試練であった、といえるかもしれません。

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