イエス・キリストの生涯⑥総督ピラト死刑の宣告~私は宣告した~

ポンテオ・ピラトは、ローマ帝国の第5代ユダヤ総督。

彼の名前が知られているのは、イエス処刑の際の為政者だったためです。

福音書には、ピラトは積極的にイエスを処刑したかったわけではなく、むしろ無罪と思っていたので処刑回避を模索するも、結局ユダヤ人有力者の圧力で処刑宣告せざる得なくなったと書かれています。

「イエス・キリストの生涯」(Jesus: His Life)のエピソードと解説です。6つめのエピソードは、ポンテオ・ピラト。

上の絵:ティツィアーノ・ヴェチェッリオ/荊冠のキリスト
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ユダヤ総督ピラト

ピラトはローマ下級貴族の出身。ローマからはるか遠いユダヤに派遣されていました。

総督就任後、普段は地中海沿岸のカイサリアに住んでいるピラトは、過越祭の前夜エルサレムにやってきます。

過越祭は旧約聖書の出エジプト記に記されるユダヤの宗教的お祭り。

神がユダヤ人を圧政から解放したことを祝うものなので、ユダヤを支配するローマ側のピラトにとって、お祭り騒ぎのエルサレムの居心地は最悪です。

ユダヤ民衆のローマに対する反感は強く、ピラトはユダヤ人政治指導者で宗教指導者のカイアファと連携して、治安維持を務めていました。

ピラトとカイアファ

人質の「式服」

居心地の悪いエルサレムをピラトは嫌悪していましたが、今回訪れたのは必要があったからです。ユダヤの重要なお祭りにカイアファが着用する式服を渡すためでした。

ユダヤ人のカイアファは、儀式で着用するユダヤの式服を、ピラトの許可なしでは着用できませんでした。

理由は式服をローマ側が管理していたからです。

ローマ側は、式服を盾にしてカイアファを脅すことができました。人質のようなものですね。

  • 自治でもなんでも好きにしろ
  • しかし誤った判断したら式服がどうなるか覚悟しろよ

ユダヤ人からしたら、自分たちの式服を渡してもらうのに、ローマ側の機嫌を損ねてはならないのは嫌ですよね。

そんな関係なので、ピラトとカイアファも当然仲は良くありません。

ユダヤ人にとっての式服
ユダヤ人の式服は、イスラエルの十二部族の代表者であるしるしの宝石をはめ込んだ「胸当て」、「ヤハウェの聖なる者」と刻まれた黄金の額飾りなどユダヤ教にとって非常に重要なものでした。

ユダヤがローマ皇帝属州になった際、このユダヤ教の式服をローマ側で管理することになったようです。参考:立川福音自由教会

イエス・キリストの生涯④ユダヤ教大祭司カイアファ(カヤパ)~私は恐れた~

イエスを捕らえたカイアファの訪問

過越祭の夜中ピラトのもとへ、イエスを連れたカイアファが訪れます。

ユダヤ人宗教指導者のカイアファは、イエスによってエルサレムで騒動がおき、それがのちにローマの介入を招きユダヤ人が抑圧されることを恐れていました。

しかしカイアファは人気のイエスを自分で処分したくなかったのと、その権限(処刑の権限)もないので、ピラトにイエスを押し付けにきたのです。

「何の罪か?」と問うピラトに

「この男は我ら民族を脅かし、皇帝に税を納めるのを禁じた」
「自分をメシアと主張している」

と答えるカイアファ。

一度イエスと話すピラトですが、イエスがローマ帝国の安定を脅かす男とは思えません。

ピラトはカイアファに、「ユダヤ人の律法にのっとり裁け」といいます。

「ユダヤ法に反したものは、ユダヤ人の指導者が責任とれ」と。

当時ローマ帝国は強大で、原則的に統治をその土地の法律に委ねていました。

イエスがローマにとって恐れるべき存在ならピラトも処置を考えたはずですが、そうは思えなかったので、カイアファへのこの返答になったようです。

しかしカイアファは「我々は死刑にできない」と答え、ピラトは驚きます。

「死刑?」

死刑を求められているこの男に何があるのか。

当時、統治をその土地の法律に委ねてはいましたが、例外が死刑で、ピラトの認可や判決がなければ、ユダヤ人有力者は、どんな罪人も死刑にできませんでした。カイアファとしては、ピラトに動いてもらわなければいけなかったのです。

真理とは何か

イエスは、自分は政治的、軍事的に脅威ではないと訴えますが、ピラトはカイアファたちがなぜ、イエスを死なせたいのか理由を知りたくてイエスを尋問します。

イエス「私は真理について証をするため生まれ、この世にきた。真理に属する人はみな私の声を聞く」

ピラト「真理とは何か」

ピラトのこの言葉は有名です。

彼は裁判官で陪審員で法の執行人。真理の追究は得意なはずなのに、イエスに引き込まれ、つい「真理とは何か」と聞いてしまいます。

ピラトの妻の夢

夢は前兆や予知と考えられていました。ピラトの妻はイエスの夢を見ます。そして神が伝えていると考え、ピラトに「あの正しい人に関わらないで」とお願いします。

もともと及び腰だったので、妻の話を聞いて、ますますイエスの件に関わりたくないピラト。

しかしカイアファから督促され、イエスをガリラヤのヘロデ・アンティパスの元へ送り厄介払いすることにします。

イエスはガリラヤ・ナザレ出身なので、ガリラヤのヘロデ・アンティパスが仕切るべきだと思いついたからです。

ヘロデ・アンティパス

ヘロデ・アンティパスはヘロデ大王の息子の一人です。

ヘロデ大王はイエス誕生時、メシア誕生に怯えベツレヘムの2歳以下の幼児虐殺を行ったと説のあるユダヤの王。

ヘロデ大王死後、ユダヤは3分割され、ヘロデ・アンティパスはガリラヤとぺレアの領主でした。アンティパスは洗礼者ヨハネを処刑した人物です。

アンティパスも過越祭期間中、エルサレムに滞在していました。

自分の元へ送られたイエスをアンティパスは嘲り辱めますが、イエスの死刑の根拠を見いだせず、ピラトにイエスを送り返します。

イエスの磔をのぞむカイアファ

再び厄介ごとが持ち込まれたピラト。

あっさり死刑にあたる犯罪といえば

  • 革命の画策
  • 奴隷反乱の指導
  • 王を名乗ること

どれも軍事的脅威です。ピラトがイエスに脅威を感じたかというとそうではありませんでした。

ピラトにイエスの死刑を迫るカイアファですが、彼が悪人というよりは

ローマに歯向かう怖さをカイアファは身をもって知っていて、ローマ帝国からユダヤを救いたかったのでないかと考えられています。

ピラトはカイアファの強引さに辟易。民衆から人気のある男を磔にすれば反乱がおこるかも、と危惧もしていました。

そこで一計を案じます。

バラバの釈放

福音書によれば、過越祭では、だれか一人を釈放するのが習わしでした。

そこでピラトは、過越祭の時期に投獄されていた、革命家で殺人罪のバラバという男を引っ張り出してきます。

「ユダヤ人の王(イエス)を釈放するのか」
「バラバを釈放するのか」

と群衆に選ばせました。

ピラトとしては、人気のあるイエスを処刑して暴動が起きては困るからです。

この時、イエスの弟子や支持者は散り散りで、イエスの釈放を望む声があがりませんでした。

群衆からは「その男ではない、バラバを(釈放しろ)」と声があがります。

一説では、カイアファが扇動したのが理由です。

これらは福音書に書かれている事ですが、歴史的にみて、危険な政治的反乱者の釈放をピラトが許すのはありえない。また過越祭に囚人を釈放する習慣は他の資料にはでてこないと番組内で解説がありました。

ピラトは群衆の様子をみて判断。

イエスを鞭で打つよう命令を下します。

鞭打ちは十字架刑の一環で、磔前に行われるものでした。

見よ、この人だ(エッケ・ホモ)

鞭を打たれボロボロのイエスに、兵士たちは緋色の服を着せて冠をかぶせ、「ユダヤ人の王 万歳」と嘲ります。上の絵は、ティツィアーノ・ヴェチェッリオの「荊冠のキリスト(茨の冠)」で、このシーンを描いています。

ピラトにしてもローマ兵にしても「ユダヤの王」と言葉にするときは、皮肉やあざけりがあります。イエスというよりユダヤ人全体に対してでしょう。理由はすでにユダヤという国は存在せず、王もいなかったからです。

「見よ、この人だ」(エッケ・ホモ)

これもピラトの有名な言葉です。「この人を見よ」と訳されることもあります。

鞭打ちされ荊冠を被せられたイエスを、カイアファらに見せつけます。

「お前たちの王の姿をみてみろ。十分傷めつけてやった。まだ殺したいのかもういいではないか」

福音書によればイエスの処刑を避けたかったピラトが、イエスの同情を誘うために、イエスの姿をカイアファたちに見せたようです。

しかしカイアファはイエスを十字架にかけることを要求します。

強気のカイアファですが、ピラト(ローマ)とカイアファ(ユダヤ)で立場が上なのはピラトです。

カイアファに、自分たちで十字架につけろと命じます。法的にカイアファがイエスを磔できないことを理解して言っています。

しかしカイアファは、「イエスは神の子と称している。律法では死罪にあたる」と食い下がります。

ピラトは再びイエスを尋問しますが確証がつかめず決定を先延ばし。

それにカイアファ再びがつめよります。

処刑しないならピラトを反逆罪で訴えると。

カイアファの脅し

普段はピラトを怒らせないよう慎重なカイアファですが、イエスがきっかけの騒動を経験し、いずれローマがユダヤを抑圧することになってはいけないと、ここは譲りませんでした。

カイアファはピラトを脅します。

ピラトは過去に失策がありました。

ユダヤ総督就任後、皇帝ティベリウスの胸像を付けた軍旗をエルサレムに持ち込んだのです。偶像崇拝を禁じるユダヤ教でそれは許されないこと。

歴代の総督はユダヤの律法を尊重し、像の飾りのないものを持ち込んでました。

皇帝ティベリウスは抗議の報告を受け、ユダヤ人の怒りを理解。ピラトに命じ軍旗を持ち出させていました。

この話を持ち出し、カイアファはピラトに「皇帝の機嫌を損ねたくないですよね」と脅迫。

「処刑しないなら、皇帝にあなたは皇帝の共ではない」と伝える。
「あなたが総督に適さない人物と、皇帝に使節を送る」

と迫りました。

皇帝の怒りを恐れたピラトは折れ、イエスを十字架につけます。

手を洗うピラト

マタイ福音書には、ピラトが手を洗うシーンがでてきます。

  • この人の血について私に責任はない
  • お前たちの問題だ

群衆の前で自分の手を綺麗にしたことにより「私には責任がない」と、カイアファに責任転嫁しようとしたものです。

しかし、処刑の宣告をしたのはピラトなので責任はピラトにあります。

福音書と歴史上のピラトのイメージ

  • 福音書のピラト→思い悩み 優柔不断
  • 歴史上ピラト →無慈悲、決断力

福音書のピラトはイエスと対話すればするほど迷いがみられ、積極的にイエスを裁こうとはしません。


福音書だけの情報だと、ユダヤ人有力者がイエスの処刑を決めたように描かれています。ピラトは情け深く妻の言葉を聞き、正しくあろうとしますが、歴史上のピラト像は、反発するユダ民衆をたびたび虐殺するなど非情な人物でもあったそうです。

福音書が書かれたのは、イエスの死後40~70年後です。

ローマ帝国に忠誠を示し、ローマ人をキリスト教に改宗させるため、福音書はユダヤ人を悪者にし、ローマ側のピラトを実際ほど悪く書いていない可能性もあります。

福音書に書かれているイエスへのピラト裁判は必ずしも正しいものではないと番組内で解説がありました。

ピラトは福音書にかかれているほど葛藤はなかったのかもしれないですね。ローマ皇帝への忠誠心からと、暴動をふせぐための処刑の一つだったかもしれません。

ただ、イエスを処刑したことによりピラトはその名を歴史に残しました。

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