イエス・キリストの生涯②洗礼者ヨハネ~私は洗礼を施した~

「イエス・キリストの生涯」(Jesus: His Life)のエピソードと簡単な解説です。2つ目はイエスの先駆け、洗礼者ヨハネについて。(上の絵はレオナルド・ダヴィンチ「洗礼者ヨハネ」)

イエスの先駆者・預言者ヨハネ

洗礼者ヨハネはイエスのため道をひらいた先駆者で、旧約聖書と新約聖書をつなぐ存在です。

水で清める洗礼をバプテスマといい、バプテスマのヨハネとも呼ばれます。

洗礼者ヨハネの父親は祭司で世襲制でしたが、その努めを捨て、真実と社会正義を説く預言者となっていました。

なおイエスの使徒にもヨハネがいますが、洗礼者ヨハネは別人です。

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自分はメシアではないと否定


ロレンツォ・サバティーニ/聖母子と聖幼児ヨハネ

洗礼者ヨハネは、イエス誕生からおよそ30年後のユダヤに登場します。

当時のユダヤはローマの属国。ヘロデ大王(イエスの誕生に怯え、2歳以下の子供を虐殺したといわれる王)が死に、彼の息子の一人ヘロデ・アンティパスがガリラヤの領主でした。

ユダヤ人たちは、ローマ帝国の支配に苦しみユダヤ人祭司の賄賂を憎んでいます。

そこへ現れた洗礼者ヨハネは、力強い言葉で神の道を説き、信奉者が大勢いました。

彼の信奉者に、「メシア(救世主)はあなたではないのか?」問われるとヨハネはこれを否定。

「自分はメシアの前に遣わされた存在だ」と答えます。

きねちゃん

絵画で描かれる洗礼者ヨハネは指を天に向けているポーズが多くみられます。これは救い主の到来を意味しているのだそう。

洗礼者ヨハネのアトリビュート(西洋美術における目印)は他に毛皮の衣と十字の杖があります。

イエスの洗礼


ジャンニコラ・ディ・パオロ/キリストの洗礼

洗礼者ヨハネは、ヨルダン川で人々に浸礼を施していました。

洗礼で罪が清められ、救われるというものです。

その洗礼者ヨハネの元へイエスが現れます。

MEMO
ヨハネとイエスの関係
イエスと洗礼者ヨハネの関係は、「ルカの福音書」には親戚と書かれていますが、「マルコによる福音書」の描写からは親戚とは読み取れず、初対面のように書かれています。

イエスに出会った洗礼者ヨハネは、イエスが何者であるかはわからなかったようです。

ヨハネにとってメシアのイメージは、強い力で世の中を変えてく方で、彼のイメージするメシアとイエスが結びつかなかったのかもしれません。

しかしイエスを同じ志を持つ神聖な存在と感じたようです。

イエスは最初ヨハネの弟子であり友人で、のちに師弟関係が逆転します。

そしてヨハネの活動はイエスにも影響を与え、イエスは地上での自分の使命を見出していくことになります。

 
イエスはヨハネに自分の洗礼を頼みました。

ヨハネは「自分があなたに洗礼を授けるなんて」と躊躇しますが、イエスは「これが正しい」と言います。

ところで洗礼は罪を清めるためのものなに、罪のないイエスを清めるのはなぜでしょうか?

洗礼を受けたイエスは、イエスが自分の子であるという神の声を聞きます。神と直接交流した事でイエスがキリストの公生涯(公の活動)を始めるきっかけになっており、イエスの洗礼は重要な意味を持ちます。

洗礼後イエスはナザレを出て、活動を始めます。洗礼者ヨハネのような厳しい言葉を人々に伝えるために。例え命を落とすことになっても。

ヨハネの逮捕

イエスへの洗礼後、ヨハネもイエスから影響を受けてさらに活動を強化。

ユダヤ人に説教をするだけでなく、当時の政治指導者の不道徳を正すため、罪がはびこるガリラヤの都市ティベリアスへ向かいます。

当時ガリラヤを統治していたのはヘロデ大王の息子の一人、ヘロデ・アンティパスでした。

『ジーザス・クライスト・スーパースター』に登場するヘロデです。

MEMO
ヘロデ大王は残虐さで有名でしたが、その分強権を振るっていたため、統治が行き届いていました。ローマ側もヘロデ大王にユダヤの統治を任せていたのですが、ヘロデ大王死後、後継者たちにその能力がないとみて、ユダヤをローマ帝国直轄領にしていました。

ヘロデ・アンティパスはユダヤ王ではなくただの領主という立場です。

 
ヘロデ・アンティパスは、ユダヤ人から嫌われていました。

理由は主に次のもの

  1. 墓地だった地に街をつくったこと
  2. ユダヤ人の困窮時に贅沢な暮らしをしていたこと
  3. 自分の妻と離婚し異母兄弟の妻へロディアと結婚したこと

特に3番目の、兄弟が生きているうちにその妻と結婚するのは、ユダヤ人の律法に反する行為で、

洗礼者ヨハネは強い言葉でヘロデ・アンティパスを責めました。

ヘロデ・アンティパスはローマ支配下でガリラヤを収める領主です。

当時のローマは、帝国内で問題を起こさなければ何をしても良いという態度でしたが、逆に反乱でも起こせばローマは自分を外してしまいます。

ヨハネは今にも反乱を起こし自分自身の立場を危うくする恐れがあるとみて、ヘロデはヨハネを逮捕します。

 
しかしヨハネを逮捕しましたが、ヘロデはヨハネが聖人であると知っていました。

ヨハネが民から愛されていること、今までの指導者がユダヤの預言者の助言に耳を傾けてきたことを考え、ヨハネを殺すことは出来ないでいました。

しかしヨハネを憎む人物がいました。妻のへロディアです。

結婚が律法で許されていないと言われ、ヨハネを恨んでいました。

サロメの踊りとヨハネの最期

ヘロデ・アンティパスが支持者をもてなす為の宴会が宮殿で行われました。

宴会のさなか、へロディアの娘でヘロデにとっては継子にあたるサロメが、妖艶な踊りを披露します。

魅了されたヘロデはサロメに「欲しいものは何でもお前にやろう」と言います。

そこでサロメが欲したのが「ヨハネの首」でした。

これは母へロディアの画策。

ヘロデは躊躇しますが、公の場で誓った事のため、願いを退けることはできず、衛兵にヨハネの首を切らせ、盆にのせて持ってこさせます。


ベルナルディーノ・ルイ―ニ/洗礼者聖ヨハネの首を受け取るサロメ

これが洗礼者ヨハネの最期でした。

オスカーワイルドの戯曲「サロメ」の7つのヴェールの踊り、のちにリヒャルト・シュトラウスのオペラ「サロメ」でも登場する有名なシーンですね。

 
亡くなる前、牢獄につながれたヨハネの元に弟子のアンデレが訪れます(のちにイエスの使徒。ペトロの兄弟)。

アンデレから、自分の後を引き継いだイエスの活動を聞き、「あの方は栄える」「私は衰える」と、自分の務めを悟るヨハネ。

ヨハネがイエスをいつメシアと認めたのか不明ですが、この時もしかしたら確信できたのかもしれません。
 

ヨハネの最期をアンデレがイエスに伝えます。

そして「主よ、ヨハネが弟子たちに教えたように、わたしたちにも祈りを教えて下さい」とお願いします。

これに対しイエスが「主の祈り」と呼ばれる祈りを弟子たちに教えます。

聖書にはイエスの祈りが数か所記録されていますが、最も有名なのがこの「主の祈り」。

天にいます私たちの父よ
御名があがめられますように
御国が来ますように
みこころが天で行われるように地でも行われますように

・・・ヨハネが行っていたことをイエスは弟子たちに教えたのですね。

イエス出現前、人々の罪を指摘し神の言葉を伝え、洗礼を施したヨハネでしたが、自分自身を教祖と認めるように説いたわけではありませんでした。

ヨハネが行ったのは、イエスの活動のための土台作り。

ヨハネがまいた種は確実に根付き、のちのイエス及び使徒の活躍へとつながっていきます。

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