『笑う男』のメッセージ~ヴィクトル・ユゴーが伝えたかったこと~

『レ・ミゼラブル』、『ノートルダム・ド・パリ』など、弱者の視点を持ち続けてきたヴィクトル・ユゴー。『笑う男』でも、貴族社会に虐げられた人々を描いています。

『笑う男』のはなし
貴族を笑わせるため、幼い時に誘拐され、口を横に切り裂かれて終始「笑顔」がはりついた顔になってしまった主人公。腐敗した貴族社会と、十分に幸福な人生をおくる事ができない抑圧された人たちが描かれている。

ミュージカル『笑う男』詳しいあらすじなどはこちらから確認できます↓
ミュージカル『笑う男』あらすじ&2019年キャスト&曲紹介

笑う男のメッセージ

貴族社会への批判だけに留まらない

当初、ユゴーはこの作品のタイトルを「貴族支配」として、国王を頂点とする貴族制度、一部の権力者や富豪が支配する社会の腐敗を描こうとしていました。

「金持ちの楽園は貧乏人の地獄によって造られる」

原作にもあるこの一文は17世紀イギリスの格差社会への鋭い批判があり、ユゴーの『レ・ミゼラブル』に通じるものがあります。

貴族を笑わせるため、口を裂かれ終始笑顔が張り付いた顔になってしまった主人公グウィンプレン。

彼を「怪物」と笑う貴族たちを描く事で、ほんとうに怪物なのは誰なのか?

こう問う事で、貴族の残酷さをあぶり出しているんですね。

ただし『笑う男』では、単純に貴族支配への批判に留まらず、そのような社会の犠牲者である、貧しく虐げられた人々の生き様と現実を描いています。

虐げられた人たちの愛と苦闘の現実

ミュージカルの舞台では、何も生み出さない貴族たちの空虚さと、貧しくともウルシュス率いる見世物小屋の人々の生命力と愛情を対に照らし出しています。

この世界は残酷だ

努力は実らない
稼いだ金は全て搾り取られる
腐った貴族に

こう歌う人間嫌いのウルシュスが、雪の中さまよう幼いグウィンプレンとデアを受け入れるところから、この物語はすすんでいきます。

ウルシュスの大きな人間愛
グウィンプレンのウルシュスへの親子愛。デアへの穢れなき愛情
デアのグウィンプレンへの一途な愛
そして、見世物小屋の人々の暖かさ

腐りきった貴族社会とは対照的に、社会に虐げられた人たちの愛情が、これでもかと言うくらいピュアに描かれているこの作品。

『笑う男』における愛情の描き方は、『レ・ミゼラブル』や『ノートルダム・ド・パリ』と比べると、理想化された純粋さが際立ちます。

 

笑う男にされたグウィンプレンは、のちに貴族身分だという事がわかります。

貴族の慰みものだったはずの男が、実は貴族だったという所に、この作品のアイロニーがあります。結局、何をもって貴族なのか?人口の1%にあたる特権階級に当たるのか?

貴族であることも貧しいことも、単に生まれによるというだけで、本質的な根拠がないからです。

突然、貴族になってしまったグウィンプレンは、女王や他の貴族たちに「貧しいものたちの現実をみてほしい」と訴えます。しかし、彼が得られたのは貴族たちの嘲笑のみ。

結局、何も変えることはできず、物語は悲劇で終わります。

結末はユゴーの現実社会への絶望か

虐げられた人たちの愛情をピュアに描くこの作品ですが、結末は過激です。

ヴィクトル・ユゴーは社会的弱者の救済を望み、『レ・ミゼラブル』や『ノートルダム・ド・パリ』を書いてきましたが、結局のところそれは不可能だと悟ったのかもしれません。

これは個人的な推測ですが、ユゴーの現実社会への絶望が、「理想化された愛情と悲劇的な結末」で描かれている、そう思える作品です。

きねちゃん

シリアスな物語ですが、ミュージカル『笑う男』は、残酷な世界と光輝く愛情を、おとぎ話のような独特な世界観で表現され、とても美しい舞台になっています。ワイルドホーンの音楽、舞台セット、衣装も素敵です。
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