登場時間20分弱!エリザベート歴代ルドルフ役(東宝・帝劇ミュージカル)について

ミュージカル『エリザベート』で人気の高い役の1つが皇太子ルドルフ。プロローグと最後を除き、青年ルドルフが、舞台に登場し退場するまでたったの20分弱という短さにもかかわらず、鮮烈な印象を残す役です。この記事では歴代ルドルフ役者さんとルドルフ役についてまとめました。

SPONSORED LINK

きねちゃん

昔、エリザベート初見の友人を連れて帝劇へ観に行ったとき、観劇後の友達の第一声が「王子さま(=ルドルフ)格好良くてやばいんですけどーー!!!」でした(*´ω`*) その時のルドルフは浦井健治さんです。

注意:この記事はネタバレがあります。

新ルドルフ役のコメント映像を追加しました。(2019年3月2日)

東宝版歴代ルドルフ

ミュージカル『エリザベート』でルドルフ役は、ミュージカルの若手俳優の登竜門と言われる事があります。

初演でルドルフ役を演じこの作品がデビューだった井上芳雄さん、ルドルフ役に5回もキャスティングされた浦井健治を始め、ルドルフ以降活躍目覚ましい方が多いんですね。

とはいえルドルフにキャスティングされる以前から舞台やテレビなどで活躍されている方もいます。

年表(年齢つき)

読み方
  • 初、②→初:ルドルフ役初、②:ルドルフ役2回め、以降同じ
  • 出演時の年齢
  • ルドルフ役初出演は太文字


敬称略


ルドルフ役
2000年 井上芳雄(初・20~21歳)
2001年 井上芳雄(②・21~22歳)
2004年 浦井健治(初・22~23歳)
パク・トンハ(初・29~30歳)
2005年 井上芳雄(③・26歳)
浦井健治(②・24歳)
パク・トンハ(②・31歳)
2006年 浦井健治(③・24歳)
パク・トンハ(③・31歳)
2008年~
2009年
浦井健治(④・26~27歳)
伊礼彼方(初・26歳)
2010年 浦井健治(⑤・29歳)
伊礼彼方(②・28歳)
田代万里生(初・26歳)
2012年 古川雄大(初・24~25歳)
大野拓朗(初・23歳)
平方元基(初・26歳)
2015年 古川雄大(②・27~28歳)
京本大我(初・20歳)
2016年 古川雄大(③・28~29歳)
京本大我(②・21歳)
2019年 京本大我(③・24歳)
三浦涼介(初・32歳)
木村達成(初・25歳)


最多キャスティング
浦井健治さん 5回

最年少ルドルフ
①京本大我さん 20歳6か月
②井上芳雄さん 20歳11か月

最年長ルドルフ
三浦涼介さん 32歳

ルドルフ役から他の役にキャスティングされた人

  • 井上芳雄さん→2015、2016年公演でトート役
  • 古川雄大さん→2019年公演でトート役
  • 田代万里生さん→2015、2016、2019年公演でフランツ・ヨーゼフ一世役
  • 平方元基さん→2019年公演でフランツ・ヨーゼフ一世役

井上芳雄(いのうえ よしお)

生年月日 1979年7月6日
出生地 福岡
身長 182cm
血液型 A型

東京芸術大学音楽学部声楽科卒業。2000年『エリザベート』初演で皇太子ルドルフ役でデビュー。以降、数多くの舞台にたつ。『エリザベート』では、2015年~2019年にトート役に。2008年、2012年には皇太子ルドルフがマイヤーリンクで心中した事件を題材にした『ルドルフ ~ザ・ラスト・キス~』にルドルフ役で出演。

ルドルフ役で出演した年

2000年、2001年、2005年

出演時の年齢

20~26歳

浦井健治(うらい けんじ)

生年月日 1981年8月6日
出生地 東京都
身長 181 cm
血液型 A型

2000年『仮面ライダークウガ』で俳優デビュー。2004年ミュージカル『エリザベート』のルドルフ役に抜擢。以降ルドルフ役は5度。ミュージカル『アルジャーノンに花束を』、『王家の紋章』、『笑う男』、『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』などで主役。ミュージカルだけでなくストレートプレイでの活躍も多い。

ルドルフ役で出演した年

2004年、2005年、2006年、2008~2009年、2010年

出演時の年齢

22~29歳

パク・トンハ(ぱく・とんは)

生年月日 1974年6月28日
出生地 韓国
身長 180 cm
血液型 B型

韓国で多数のミュージカルやドラマに出演し、2001年日本へ。劇団四季『ジーザスクライストスーパースター』でデビュー。劇団四季退団後2003年東宝芸能に所属。2004年ミュージカル『エリザベート』のルドルフ役に抜擢。NHK教育『アンニョンハシムニカ・ハングル講座』のパーソナリティーも務める。2010年、韓国に帰国。

ルドルフ役で出演した年

2004年、2005年、2006年

出演時の年齢

29~31歳

伊礼彼方(いれい かなた)

生年月日 1982年2月3日
出生地 アルゼンチン生まれ神奈川出身
身長 178 cm
血液型 B型

沖縄県出身の父とチリ出身の母の間に生まれる。音楽活動を中学生の頃より始めライブ活動をしながらミュージカルに出会う。2008年に東宝版『エリザベート』にて皇太子ルドルフ役に抜擢され、以降はミュージカル中心にストレートプレイ、歌舞伎など多方面で活躍。

ルドルフ役で出演した年

2008~2009年、2010年

出演時の年齢

26~28歳

田代万里生(たしろ まりお)

生年月日 1984年1月11日
出生地  長崎県
身長 177cm
血液型 A型

東京在学中にオペレッタ、芸大在学中にオペラデビュー。2009年『マルグリット』アルマン役でミュージカルデビュー。ルドルフ役は翌年の2010年に抜擢。その5年後には、父親フランツ・ヨーゼフ一世役へ。

ルドルフ役で出演した年

2010年

出演時の年齢

26歳

古川雄大(ふるかわ ゆうた)

生年月日 1987年7月9日
出生地  長野県
身長 182cm
血液型 A型

2009年、映画「僕らはあの空の下で」で単独初主演。2008年にミュージシャンとしてもデビュー。東宝作品として初めて参加したのが『エリザベート』のルドルフ役。『モーツァルト!』『ロミオ&ジュリエット』では主演を務める。ルドルフ役を3度努め2016年がラスト。次の2019年『エリザベート』でトート役へ。

ルドルフ役で出演した年

2012年、2015年、2016年

出演時の年齢

24歳~29歳

大野拓朗(おおの たくろう)

生年月日 1988年11月14日
出生地  長野県
身長 184cm
血液型 A型

テレビや映画での活躍が多い。ミュージカルは『エリザベート』のルドルフ役の他、『ロミオ&ジュリエット』ロミオ役がある。

ルドルフ役で出演した年

2012年

出演時の年齢

23歳

平方元基(ひらかた げんき)

生年月日 1985年12月1日
出生地  福岡県
身長 184cm
血液型 AB型

ミュージカルは20011年『ロミオ&ジュリエット』のディボルト役でデビュー(13年にはベンヴォーリオ役)。2012年『エリザベート』ルドルフ役に抜擢され、以降大きな作品に次々と出演している。2019年には『エリザベート』でフランツ・ヨーゼフ一世を演じる。

ルドルフ役で出演した年

2012年

出演時の年齢

26歳

京本大我(きょうもと たいが)《SixTONES》

生年月日 1994年12月3日
出生地  東京都
身長 174cm
血液型 B型

2006年にジャニーズ事務所に入所。コンサートや舞台を中心に経験を積む。ジャニーズJr.内のグループ《SixTONES》のメンバー。ルドルフ役で2015年に初めてエリザベートに出演。

ルドルフ役で出演した年

2015年、2016年、2019年(予定)

出演時の年齢

20~24歳

三浦涼介(みうら りょうすけ)

【新】ルドルフ役 コメント映像

生年月日 1987年2月16日
出生地  東京都
身長 181cm
血液型 B型

2002年、映画『おぎゃあ。』で俳優デビュー。映画、ドラマ、舞台など活動は多岐に渡る。ミュージカルでは2018年『1789 -バスティーユの恋人たち-』のロベスピエール、2019年『ロミオ&ジュリエット』のベンヴォーリオなど大作に出演し、ルドルフ役で2019年に初めてエリザベートに出演。

ルドルフ役で出演する年

2019年(予定)

出演時の年齢

32歳

木村達成(きむら たつなり)

【新】ルドルフ役 コメント映像

生年月日 1993年12月8日
出生地  東京都
身長 180cm
血液型 A型

「2.5次元舞台」でデビュー以降、舞台やテレビドラマなどで活躍。もともとミュージカルには強い興味があり、『エリザベート』ルドルフ役以前は、『ラ・カージュ・オ・フォール~籠の中の道化たち~』のジャン・ミッシェル役、『ロミオ&ジュリエット』のベンヴォーリオ役などで出演している。エリザベート以降は、2019年11月 ~12月の『ファントム』にてフィリップ・シャンドン伯爵役で出演予定。

ルドルフ役で出演する年

2019年(予定)

出演時の年齢

25歳

SPONSORED LINK

皇太子ルドルフの生涯と人物像

聡明でエリザベートに似たルドルフ

ルドルフは1958年フランツ・ヨーゼフ一世とエリザベートの間に生まれます。エリザベートは4人出産し、ルドルフは唯一の息子。ルドルフ出産時エリザベートは20歳でした。

ルドルフは生まれてすぐ母のエリザベートから離され、祖母の皇太后ゾフィーの監視下に置かれます。

ルドルフの気質は、父フランツ・ヨーゼフ一世ではなく、感受性が強い母エリザベートに似ていたといわれています。

後年、ドイツのビスマルク宰相を訪れた際は、ビスマルクから「非常に感じの良い青年。政治的見解も若いのに自分を持ち、しっかりしている。凡庸ではない」と評されました。

軍国主義教育から一転して自由主義的教育へ

幼い頃から神経質だった息子をゆくゆくは帝国の長となるべく鍛えるため、皇帝フランツ・ヨーゼフ一世と皇太后ゾフィーは、ルドルフに幼少期からスパルタ式の軍国主義教育が行いました。

ゾフィーが任命した教育係ゴンドレクール将軍は、就寝中のルドルフの枕元で空砲を打ったり、冷水シャワーを浴びせたりと、いわば帝王教育と言われるもの行ったのですが、繊細なルドルフには逆効果。かえって恐怖心が強く自分の殻に閉じこもりがちになりました。

時代遅れの軍国主義教育が息子ルドルフへ悪影響を与えると不安に思ったエリザベートは、ルドルフが7歳の時に親権を取り戻し、新しい教育係をつけます。

このエリザベートが任命した教育係が、ヨーゼフ・ラトゥール・フォン・トゥルンベルクという自由主義者。今までの軍国主義教育とは一転して、ラトゥールによる自由主義的教育が行われ、ルドルフの思想に大きな影響を与えます。

そしてこのことが、のちのち父皇帝フランツ・ヨーゼフ一世との政治的思想の対立を招く事になるのです。

教育係ラトゥールだけでなく、ラトゥールが選んだ教師たちも自由主義に何らかの関わりがあるため、その影響を受けたルドルフは、自身が王族という立場にありながら貴族に批判的でした。

そして成長するにつれて、保守的で絶対君主主義である父親を非難し反発するようになります。

先見的な政治的思想と、父フランツ・ヨーゼフ一世との対立

フランツ・ヨーゼフ一世在位中、オーストリア帝国はたびたび戦争で負け、中でも1866年普墺戦争(プロイセン=オーストリア戦争)に敗北したのちは、その権威が落ちます。

普墺戦争は、ドイツの盟主の座を巡ってプロイセンとオーストリアが行った戦争です。ドイツの盟主だったオーストリアはこの戦争で追い出され、自国を支配する能力にも影響を及ぼしました。

オーストリア統治下にあった帝国内の諸民族からは独立機運が高まり、その中でも特に独立に強気だったのがハンガリー。ハンガリーびいきのエリザベートの尽力もあり、結局オーストリア=ハンガリー帝国という二重帝国の体制(1867年)になります。(♪エーヤン、♪私が踊る時)

1870年にドイツ帝国が成立すると、オーストリア帝国内のドイツ人の間でもドイツ民族主義が台頭。反ユダヤ主義勢力の勢いが増し、多民族国家のオーストリア・ハンガリー帝国の屋台骨が揺らぎ始めます。(♪ 憎しみ/Hass!)

普墺戦争後、父のフランツ・ヨーゼフ1世はドイツとの同盟を重んじましたが、ドイツとビスマルクに不信感を抱くルドルフは、ドイツではなくフランスとロシアとの同盟に切り替えたいと願っていました。

そして秘密裏に同盟を画策しようとするも、オーストリアの新聞に彼の目論見をすっぱ抜かれ、父フランツ・ヨーゼフ一世の逆鱗に触れます。(ビスマルクはその後、オーストリア帝国を裏切るような同盟をロシアと結ぶので、ルドルフの見方が正しい)

またルドルフはユダヤ系自由主義者モーリス・ツェップスと交友があり、ツェップスの新聞に匿名で、封建主義国家を否定する記事や帝国のドイツ外交を批判する記事を発表し、政府内で孤立していきます。

現状のオーストリア=ハンガリー帝国という体制は長くもたないと考えたルドルフは、帝国統治下にある各州を独立させて連邦制を築き、ハンガリー、チェコ、スロバキア、南スラブなどの諸民族と共存してドナウ川一帯で一種の大帝国の建設を夢見ていました。(独立運動、♪ 僕はママの鏡だから)

しかしこれは、連邦制ではなく諸民族と融和し、一致協力して帝国を統治しようとする、皇帝フランツ・ヨーゼフ一世の考えとは相容れないないものでした。

ベルギーの王女シュテファニーと結婚

ルドルフ23歳のとき、ベルギー王女シュテファニー17歳と結婚します。2人の間からは一人娘エリーザベト・マリーが生まれますが、夫婦仲は結婚後すぐに冷え切っていました。ルドルフは結婚前から女性関係が多く、結婚後も変わることがありませんでした。

なお、ルドルフが国家の政策に対して批判を隠さなくなったのは、結婚したころからと言われています。

マイヤーリンクで愛人マリー・ヴェッツェラと遺体となって発見される

ルドルフ30歳のとき、17歳の男爵令嬢マリー・ヴェッツェラと伴に、マイヤーリンクの狩りの館でふたりの遺体が発見されます。

心中と言われていますが、暗殺説もあり実際のところ真相は今でも謎です。

ただ、一般的にはやはり心中説が濃厚で、ルドルフがマリー・ヴェッツェラの左のこめかみを撃った後、自らの銃で命を絶ったといわれています。

事件直後、箝口令がしかれました。

その理由は、スキャンダルが広がるのを防ぐこと、そして心中=自殺となると、キリスト教では大罪となり、ハプスブルク家ゆかりのお墓カプツィーナー納骨堂に埋葬できなくなる恐れがあったからです。

当時はルドルフ死亡の原因を、「心身が喪失した」とされました。精神異常が原因の自殺は罪がないとされていた為です。

ルドルフが不幸な結婚に耐えられず、マリーとの純愛を成就させるために心中した、と映画や舞台で描かれているものもありますが、実際のところルドルフは「相手は誰でも良いから自殺したかったというのが本音」というのが大方の見方です。

というのもマリー・ヴェッツェラはルドルフを愛していましたが、ルドルフは半年前と死ぬ前日にミッ チー・ガスパールというお気に入りの高級娼婦に心中をもちかけられ断られているからです。

ルドルフが命を絶った理由は、父フランツ・ヨゼフ皇帝との異なる政治見解から生じた亀裂と孤立感、病気の進行(梅毒にかかっていたとみられる)などが考えられます。

事件の4日前、皇帝の従僕がこんな声を聞いていました。「お前は私の後継者にふさわしくない」

ルドルフは、エリザベートや妻シュテファニーなど複数の人宛てに遺書を残しましたが、父親フランツ・ヨーゼフ一世に当てたものだけはなかったそうです。

SPONSORED LINK

エリザベート「ルドルフ」について

もともと「ルドルフ」がメインのミュージカルになる予定だった

ウィーンで生まれたミュージカル『エリザベート』は、脚本家のミヒャエル・クンツェ氏が、そもそも皇太子ルドルフを題材にしたミュージカルを創ろうとしていました。

父帝フランツ・ヨーゼフ1世との対立、マイヤーリンクでの男爵令嬢マリー・フォン・ヴェッツェラとの心中、とルドルフの悲劇的な人生は、映画の題材にもなっているほどです。

しかし、ルドルフについて調べるうちに、母親のエリザベート皇后の生涯に興味が移り、最終的にミュージカル『エリザベート』が生まれる事になりました。

きねちゃん

ルドルフが主人公だったら、どんなミュージカルになったんでしょうね。それも気になります。

東宝版で描かれるルドルフ

国や世界の行く末を憂い父の皇帝に背き、革命運動に身を投じ、最終的には自ら命を絶つ。

これが、20分弱で描かれるルドルフです。

東宝版ルドルフ登場シーン時系列

①父と息子
②憎しみ(HASS)
③♪闇が広がる
④独立運動
⑤♪僕はママの鏡だから
⑥マイヤーリンク

東宝版は、ルドルフ登場してから命を絶つまで全てのシーンでルドルフが出ているので、この間に彼の数年が凝縮され、とりわけ生き急いでいる感が強い印象です。

オリジナルのウィーン版や、ウィーン初演キャストPia DouwesさんとUwe Kroeger さんが再度登場したエッセン版では、①~⑥の間に、エリザベートがコルフ島で父の霊と話すルドルフが登場しない「パパみたいに(リプライズ)」が入るんですね。東宝版ではルドルフ登場前に入ります。

ルドルフ登場シーンの曲順比較

以下、東宝、ウィーン、エッセン版で曲順を比較してみました。

ルドルフが出てこない「パパみたいに(リプライズ)」は斜体


東宝版
(初演2000年)
ウィーン版
(初演1992年/再演2003年)
エッセン版
(初演2001年)
パパみたいに(リプライズ)
父と息子 ♪闇が広がる 父と息子
憎しみ(HASS) 父と息子 憎しみ(HASS)
♪闇が広がる 憎しみ(HASS) ♪闇が広がる
独立運動 独立運動
パパみたいに(リプライズ) パパみたいに(リプライズ)
♪僕はママの鏡だから ♪僕はママの鏡だから ♪僕はママの鏡だから
マイヤーリンク マイヤーリンク マイヤーリンク


MEMO
ウィーンは初演が1992年ですが、2003年の再演で曲の追加や曲順の変更があるので、再演版をここでは取り上げています。ウィーン再々演版は私は、実際に確認できていないのですが、調べる限りここは再演と同じ流れです。

『エリザベート』は世界各地で上演されており、演出が国ごとに違います。ここでは、東宝版と比較のために、オリジナルのウィーン版、「私が踊る時」が追加となったエッセン版を取り上げました。

独立運動シーンは日本(宝塚版)が初

表に宝塚版を入れていませんが、「独立運動シーン」は日本の宝塚初演が初出。ウィーン演出版には無かったシーンで、日本人には独立運動シーンがあった方が話しがわかりやすいという事で、演出家の小池修一郎氏が追加しました。その後、東宝版だけでなくハンガリー版、ドイツエッセン版にも入っています。

ウィーン版にはマリー・ヴェッツェラが登場

東宝版、宝塚版、エッセン版にはマリー・ヴェッツェラとの心中するシーンはありませんが、ウィーン版初演、再演版は、マイヤーリンクのシーンで、ルドルフと心中したマリーが死の舞踊の踊り手として登場します。(再再演は未確認)

東宝版の過去公演のルドルフ役の印象

過去公演では 一例ですが、次のように公演ごとにルドルフの印象が少しずつ違いました。ルドルフ役者さんによって変るというよりも、同じ役者さんでも公演ごとに違った印象です。

  • 終始トート(死神)に翻弄され、操り人形のよう
  • 志高く皇太子として国を守りたいという強さから始まり、それが自身を追い詰めて自ら死を選ぶ
  • 理想に燃える熱い想いもあるが、揺さぶりをかければあっけなく崩れ落ちる

役者さんによって「死」への理由づけが違う?

一部のルドルフ役者さんになりますが、過去インタビューから面白いと思ったものを。役者さんによって「父」「母」と比重が異なるのが興味深いと思いました。

古川雄大さん

父親への最後の反逆。自分が死ねば世継ぎがいなくなる。何かが変わると信じていた。(「エリザベート」とクンツェ&リーヴァイの世界より)

ルカス・ペルマンさん
(ウィーン版エリザベート再演、ルドルフ役のセカンドキャスト。2007年「ウィーン版エリザベート」にルドルフ役として来日。)

父親とはあくまでも職業上の対立。母親に理解されなかったことが大きな落胆となった (2007年「ウィーン版エリザベート」来日公演に際してのインタビュー。)

ルドルフが歌う曲

ルドルフが歌う曲は多くありません。しかしドラマチックで心に残る曲が歌われます。

①トートとルドルフのデュエット「♪闇が広がる」

ルドルフ登場3分後に歌われるこのビッグナンバーは、ミュージカル『エリザベート』劇中歌の中で、一番好きだという人も多いのではないでしょうか?私は一番好きです!

歌の内容は、青年になったルドルフの前にトートが現れ、「沈む世界を救うのはお前だ」と革命を扇動するようそそのかすもの。その結果ルドルフが死んで自分のものにするために。

ルドルフに肩入れてこの作品をみていると、トートが悪魔か!(死神ですが)と思える曲です。

トートに追い詰められながら、絞り出すように「王座ーー!」と叫ぶルドルフ。徐々に彼自身の破滅へと向かっていくドラマチックなナンバーです。

尚、高音と低音パートをルドルフとトートが歌うのですが、東宝版ではルドルフが高音を歌う事が多いです。(途中で入れ替わることもあります)。ウィーン版、宝塚版はトートが高音でルドルフが低音です。

②エリザベートに拒絶される「♪僕はママの鏡だから」

ルドルフ
♪僕たちは 似たもの同士だ
♪この世界で 安らげる居所が無いよ

♪僕はママの鏡だから ママは
♪僕の思い 全てわかるはず

エリザベート
♪分からないわ

父フランツ・ヨーゼフ一世と亀裂が入り、母エリザベートに救いを求めるも拒絶されてしまう。ルドルフの最後の望みが絶たれる悲しい歌です。東宝版では(宝塚版も)、この歌詞の中で国を憂うルドルフの言葉も入っているので、最後の最後まで国の未来を考えていたという事も伝わります。

エリザベートと対になるセリフ
ルドルフ:ママは僕を見捨てるんだね
エリザベート:あなたは私を見殺しにするのね

原語(ドイツ語):Laesst du mich im Stich?

ルドルフのセリフは「♪僕はママの鏡だから」のあと。エリザベートに向かって。
エリザベートのセリフは「♪私だけに」の前。夫フランツ・ヨーゼフ一世に向かって。

対になるセリフで原語のドイツ語では、全く同じセリフが使われています。

ダンスシーン

ルドルフはダンスシーンも見どころです。

「独立運動」での、トート軍団vsルドルフ軍団のダンスバトル。

マイヤーリンクでのトートダンサーに翻弄されながら舞うような美しいダンス。

特にマイヤーリンクはルドルフが生きてきた証や死への葛藤など、内面が表面化されるダンスだと思うので、一挙手一投足見逃したくないところです。

エリザベートと対比するとより際立つ悲劇性

ルドルフは「悲劇の王子」とよく言われますが、似ているといわれているエリザベートと比較すると、その悲劇性がより際立ちます。

対皇帝フランツ・ヨーゼフ一世

舞台でのフランツ・ヨーゼフ一世は、実在した皇帝と同じく温厚にみえる人物像です。エリザベートとはすれ違ったままとはいえ、皇后の職務を放棄し旅を重ねる妻を辛抱強く待ち続け、旅の資金援助を惜しまず、エリザベートに深い愛情をみせます。

しかしルドルフに対する態度は、厳しい上に頑なです。『エリザベート』でルドルフが登場するシーンも、父フランツ・ヨーゼフ一世と争っている所から始まります。

皇位継承者の息子が政権に批判的で危険分子にも見えるほどなので、フランツの立場としてはやむを得ないかもしれません。でも妻エリザベートにみせる優しさを少しでもルドルフに分けてあげたら…と思えてしまうほど。

ルドルフだけには一切逃げ場を与えないその厳しさこそ、のちのちの不幸を招いてしまう一因となります。

対トート

エリザベートとルドルフとの比較でわかりやすいのが、トートとのデュエットです。

トートとエリザベートのデュエット「♪私が踊る時」では、人生の手綱を自分で握りトートを一蹴するエリザベート。2人の関係はほぼ互角…というよりも、トートを寄せ付ける隙を見せないこの時のエリザベートはとても強い。

しかしトートとルドルフのデュエット「♪闇が広がる」になると、ルドルフがあっけないほど簡単にトートに主導権を渡しているのがわかります。

トートの挑発に簡単にのるルドルフと、してやったりのトート。なすすべもないままトートに翻弄され、破滅へと向かうルドルフのもろさがエリザベートとは大きく異なります。

愛された経験の有無

トートを拒否できるエリザベートに対して、トートを「友達」と呼び、たやすく近づくのを許してしまうルドルフ。

この差はどこか?と考えると、実在したルドルフは親から愛された実感が無く、幼い頃から愛情に飢えていたからではないかと思います。

エリザベートは両親、とりわけ父親から愛されていたという確かな実感があり、また彼女を愛し続けてきた夫のフランツ・ヨーゼフ一世の気持ちは、理解し合えなかったとしても受け取っていたはずです。

一方ルドルフは、幼い頃に母エリザベートから離され、皇太后ゾフィーの下、厳しい軍隊的教育を受けそれが繊細だった彼を追い詰めます。7歳でようやく母エリザベートが親権を取り戻しますが、エリザベートは旅から旅を重ねてウィーンにとどまる事が少なくルドルフを放任。

エリザベートが新しく任命した教育係の影響で自由主義思想を持ち、父親のフランツ・ヨーゼフ一世とは政治的思想が対立し親子の亀裂が生じます。

エリザベートもフランツ・ヨーゼフもルドルフの親なので、彼らなりの愛情はあったはずですが、ルドルフがそれを愛情と認知できるほど十分ではなかったのではないか?と思います。

実際のルドルフは女性関係が盛んでしたが、それも幼少のころから愛情に飢えていたからかもしれません。ミュージカルでは出てきませんが、ルドルフには10歳離れた妹マリー・ヴァレリーがおり、彼女に対してルドルフは激しい嫉妬心を持っていたといわれています。マリー・ヴァレリーは、エリザベートにとっては初めて、姑のゾフィーではななく自分の手で育てられる子供だったため、他の子どもに対する愛情とは明らかに差があったためです。

逃げ場がなかった

エリザベートは宮殿から逃げることでなんとか生き続けられた人です。しかし生まれた時から地位を背負った皇太子ルドルフには逃げ場がなく、ルドルフにとってはあの最後しかなかったのかもしれません。

彼にとってトート「死」は救いだったのか…. その答えは劇場で。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。